私たちについて

私は米農家であり、日本酒の醸造家でもあります。
春から夏にかけて米をつくり、冬、そのお米でお酒をつくっています。

酒造りの団体名は「労働者協同組合 鮭酒造」。さけしゅぞうです。
そこで農園名も「鮭農園」としました。

なぜ、鮭なのか。
私が新規就農した多古町には、町を南北に貫くように流れる川があります。栗山川です。この川が、米どころ多古町の稲作を支えています。川の恵みです。そしてこの川には冬、もう一つの豊かな恵みがやってきます。鮭です。

千葉で鮭?と言われます。私も驚きました。栗山川は、鮭が帰ってくる川としては、太平洋側における最南端の川だったのです。この地域の神社「山倉大神」では毎年冬に「鮭祭り」が行われます。これは平安時代から続く神事であり、この地域では昔からずっと鮭を大切にしてきたのです。

ところで、鮭とは実に不思議な魚です。川で産まれて海に下り、約4年間を過ごします。そして最後に、なぜかまた産まれた川に戻ってきて産卵し、生涯を終えるのです。どうして産まれた川に戻ってこられるのか、それはいまだに謎のままです。しかしなぜ再び、わざわざ産まれた川に帰って来るのでしょうか。実は、鮭は地球の物質循環に大きな役割を果たしていると言われています。

雨に溶け、川を伝って海に流れてしまう大地の栄養分やミネラルを、鮭が、再び大地に戻しているというのです。約4年に渡って海で成長した鮭の体には、大地から海に流れ出た養分が蓄えられています。その鮭が自分の生まれた川に戻って動物に食べられたり、土に還ることで、海に流れた養分を大地に戻す役割がある、ということです。鮭の栄養が植物を育て、森となり、その森がまた海を豊かにする。このめぐりめぐる地球の物質循環における重要な役割を、鮭が担っているというのです。何とありがたい魚でしょうか。アイヌ民族が鮭のことを「カムイチェプ」、神の魚と呼んでいますが、本当にその通りだと思います。

そんな素晴らしい魚、鮭が帰ってくる最南端の川、栗山川流域で米をつくる農家として、農園の名前に「鮭」をいただきました。鮭のように、私達も地球を豊かにする存在でありたい。鮭のように、人々の暮らしも豊かにする存在でありたい。そしていつの日か、栗山川にたくさんの鮭が帰ってくるような、豊かな社会を取り戻したい。そんな願いを込めました。

豊かさを取り戻す。
米をつくりながら、豊かさを取り戻します。

稲を育てる水田には、多くの生き物たちが集まってきます。小さな小さな微生物から始まり、ミジンコ、ミミズ、それを食べる昆虫たちやカエル。彼らを食べる蛇やウサギやタヌキや鷹…。田んぼは彼ら生き物たちの拠り所です。そして、私たち人間の暮らしは、そうした生き物たち無しには成立しません。人間は自然の一部だからです。だから、鮭農園では農薬と化学肥料を使いません。

そのかわりに、工夫を施し、汗を流します。農薬を使わないかわりに、健康で丈夫な苗を育てます。だから、町でただ一人、ポット苗を使うのです。除草剤を使わないかわりに、合鴨たちに草を食べてもらいます。化学肥料を使わないかわりに、発酵鶏糞と海のミネラルを畑に撒きます。汗をかくのです。

農薬を使った農作物は食べると危険だから、という理由ではありません。自然の一部として、人間がどうやって生きていくべきかを考えているのです。でも、全ての田んぼで無農薬が可能かと言えば、そうではありません。様々な理由でどうしても無農薬栽培が不可能な一部の田んぼでは、除草剤を使っています。

農業は表現活動だと思っています。
私のこうした思いは、形となって田んぼに現れます。生き物が豊かになり、私の田んぼには沢蟹が遊び、蛍が舞います。秋の稲刈りではイナゴがバチバチと体に当たってきますし、稲穂の中からキジやウサギが飛び出してきます。私のやり方が、自然の一部として機能できた気がして嬉しくなる瞬間です。

食べて美味しい米づくりは目指していません。でも、こうやってつくった私たちのお米は、なぜかとっても美味しいのです。あくまで自画自賛。でも、自分が満足できればそれで良いのです。

良き仲間をいつでも募集しています。お米を食べたい人、遊びに来たい人、僕らと話してみたい人、一緒に働いてみたい人、いつでも待っています。

鮭農園 大橋 誠